岐阜市のお客様より鉄灯籠を買い取らせていただきました。

岐阜市にお住まいのお客様から、一点の鉄灯籠を買い取ることができました。当店、三冬花では、近年、石灯籠よりも鉄灯籠の方が人気があります。鉄灯籠はその耐久性と独特の美しさで知られており、庭園や室内装飾として幅広い用途に使われています。特に、その歴史的な意義と装飾的な価値は、中国の骨董品コレクターや美術愛好家の間で高く評価されています。

鉄灯籠の買取相場¥2,000円~50,000円

三冬花では、このような鉄灯籠をはじめ、様々な骨董品や美術品、掛け軸などの買取を専門的に行っています。私たちは、それぞれの品物の年代、希少性、芸術性、保存状態などを詳細に評価し、適正な価格を提示します。

天下一与次郎 天正元年 辻与次郎

天正元年(1573年)と刻まれた「天下一与次郎」製の鉄灯籠は、特に高い価値があります。この灯籠は、歴史的にも芸術的にも非常に重要な時期に製作されたもので、それが刻まれた年代は、日本の戦国時代末期にあたります。この時代は、日本の歴史において非常に動乱の多い時期であり、その中で作られた工芸品は、その時代の社会的、文化的背景を反映しています。

「天下一与次郎」は、当時の著名な鉄工芸家の名であり、その作品は非常に精巧で独創的なデザインが特徴です。このように鉄灯籠に名工の名が記されていることは、その作品の希少性と芸術的な価値を一層高めています。灯籠のデザイン、細工の技術、素材の質などが、その価値を左右します。

また、この鉄灯籠が保存された状態も、価値を決定する重要な要素です。古い時代の作品であるため、良好な状態で保存されているものは非常に稀であり、それが見つかるとコレクターや美術愛好家の間で非常に高く評価されます。そのため、天下一与次郎が製作した天正元年の鉄灯籠は、骨董品市場において特に高価な価格で取引されることがあります。

辻与次郎について

辻与次郎(辻與次郎)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した釜師、鋳物師です。彼は近江国(現在の滋賀県)の出身で、本名は実久。法名は一旦、天下一與次郎とも称されました。京都の三条釜座に住み、西村道仁に師事した彼は、千利休の釜師として新しい形や文様の釜を創始しました。これには丸釜や阿弥陀堂釜などが含まれ、焼抜きや羽落という新しい仕上法を創始しました。豊臣秀吉から天下一の称号を名乗ることを許されたこともあります。

彼の作品には、兵主大社の「銅鰐口」や豊国神社の「鉄灯籠」、出羽西善寺と宝塔寺の「梵鐘」があり、これらは彼の活動時期を示しています。特に、豊国神社の灯篭は秀吉への恩に報いるため寄進されたと伝えられています。また、與次郎の名を記した鋳物は現存しないものの、「伝與次郎作」とされる作品もあります。

一方で、名越昌孝の『鋳家系』では彼の没年を慶長8年(1603年)として48歳での死と記していますが、それ以降の作品も存在しており、この記載は誤りであるとされています。辻与次郎の作品は、その時代を反映した独創的なデザインと技術で知られ、現在も高い評価を受けています。

三冬花にお任せください。

骨董品に関しては、古い時代から伝わる陶磁器、彫刻、家具、装飾品など多岐にわたる品々を扱っており、美術品に関しては、古典から現代に至る幅広い時代の作品を取り扱っています。

絵画や掛け軸に関しても、画家の技巧や画風、画材の種類などを考慮に入れ、総合的な価値を見定めます。これらの品物は、それぞれ独自の歴史や物語を持ち、美術愛好家やコレクターにとって非常に大きな価値を持っています。

岐阜市のお客様から買い取った鉄灯籠は、当店のコレクションに新たな魅力をもたらすものであり、鉄灯籠の人気の高さを反映しています。私たち三冬花は、これらの貴重なアート作品や骨董品を、新たな愛好家の手に渡るよう、専門知識と経験を活かして丁寧に取り扱い、お客様に信頼と満足を提供しています。

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三冬花 谷崎未来
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