九代 大樋長左衛門の略歴（Ōhi chōzaemon）

1901年	石川県金沢市に生まれる（本名：長二郎）
	石川県立工業学校窯業科を卒業後、父・八代宗春に師事して作陶を開始
1920年	農商務省工芸展に初出品・入選
1925年	父の引退に伴い、九代大樋長左衛門を襲名
1940年	近衛文麿より「長左衛門印」授与
1942年	工芸技術保存作家に認定
1958年	日本伝統工芸展に初入選、日本工芸会正会員となる
1971年	日本招待作家に選出
1986年	死去

加賀の伝統工芸を代表する大樋焼。その歴史は寛文六年（1666年）、加賀藩主前田綱紀の招きで裏千家四世・千宗室（仙叟）に随行し、京都から金沢へ移住した初代・大樋長左衛門に始まります。大樋焼は、仙叟の指導のもとで生まれた楽焼系の茶陶として、長く茶道の世界で重用されてきました。

その大樋家の九代目として知られるのが、大正から昭和にかけて活躍した九代大樋長左衛門です。明治34年（1901年）に金沢に生まれた彼は、石川県立工業学校窯業科を卒業後、父・八代長左衛門（宗春）に師事し、作陶の道へと進みました。大正九年には農商務省工芸展に初出品で入選し、若き日の才能を世に知らしめました。

大正十四年、父の引退に伴い九代長左衛門を襲名。以後、初代から受け継がれてきた飴釉や手捻りの技法を守りつつ、自身の感性を加えた茶碗づくりに邁進していきます。なかでも九代の業績として特筆すべきは、黒楽釉への深い取り組みです。昭和30年代に入ると、伝統の飴釉に加え、白い斑が浮かぶ「暮触（ぼれふれ）」と呼ばれる漆黒の黒楽茶碗に強く惹かれ、独自の境地を築きました。

彼は「無地ものの大樋焼は派手さがない」「無為で作られ、品位を感じさせる茶碗こそ本物」と語っています。その言葉どおり、晩年の作品には、静かな佇まいと奥ゆかしさが宿り、わびた風情とともに、抑制された華やかさを兼ね備えた作風が確立されていきました。

また、昭和15年には近衛文麿より「長左衛門の印」を授与され、昭和17年には工芸技術保存作家に認定。昭和33年には日本伝統工芸展に初入選し、日本工芸会の正会員となるなど、公的評価も高まっていきます。昭和46年以降は日本招待作家にも選ばれ、昭和48年には陶業50年の節目を迎えました。

九代長左衛門の作陶信念は「作っている間は、無の境地になること」。その言葉通り、彼の茶碗には静かで深い世界が広がり、見る者、使う者の心を穏やかに包み込む魅力があります。加賀の土と伝統を活かしながら、真摯に茶陶と向き合った九代長左衛門の作品は、現代の茶の湯にも静かに寄り添い続けています。

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