廣前心齋の略歴（Hirosaki shinsai）

1954年	京都府に生まれる
1979年	大日本印刷に勤務
1980年	退社し、志戸呂焼復興のため本多利陶に師事
1981年	静岡市羽鳥にて開窯・独立
1989年	静岡県からの依頼で大相撲優勝力士への贈呈用茶壺を制作
1990年	静岡市内に移窯

廣前心齋氏は、もともと将来を嘱望された会社員として働いていましたが、25歳の時に大きな決断をします。安定した仕事を辞め、すべてを投げ打って飛び込んだのが、志戸呂焼の世界でした。

きっかけは、大学時代に出会った一碗のお茶碗。その美しさに惹かれ、やきものの時間の重なりや、そこに宿る静けさに心を動かされたといいます。当時、志戸呂焼の再興に力を注いでいたのが、青島秀雄さんとその師である戸川宗積さん（遠州流十一世家元の次男）でした。しかし、お二人の相次ぐ他界によって、復興の歩みは中断を余儀なくされていたのです。

廣氏はその志を受け継ぐように、本多利陶さんのもとで修行を重ねます。そして独立を機に、心齋（しんさい）という雅号を名乗るようになります。名の由来は、敬愛する荘子の言葉から。また、「廣前」という姓に響きの良さを感じたことも理由のひとつだったそうです。

志戸呂焼は、もともと室町時代に大井川沿いの金谷町で生まれた焼き物で、いったん途絶えた後、美濃の陶工によって復活。桃山時代には小堀遠州の美意識にかなう美しさから「遠州七窯」の筆頭とされました。飴釉や黒釉、黄志戸呂など、地元の丹石から作られる釉薬が特徴です。

ただ、伝世品や資料が非常に少なかったため、廣前氏は古窯跡の陶片を頼りに、山を歩いて原料となる土石を探す日々を送りました。ひとつずつ課題に向き合いながら、丁寧に志戸呂焼の再現に取り組んできました。

茶陶というと、型や様式に縛られると感じる人もいますが、廣前氏は「その中でこそ、自分らしさを表現できる」と考えています。最初は古作の再現を目標としていましたが、今では「自分なりの志戸呂焼をつくっていきたい」と語っています。

静岡市内の工房では、茶壺道中で使われる茶壺の制作や、力士への記念茶壺の制作など、地域に根ざした仕事も数多く手がけてきました。何百年もの歴史と、個人の想いが静かに重なる志戸呂焼。その魅力と向き合いながら、廣前心齋氏は土と火に向き合ってきました。

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