備前焼の誕生

備前窯は平安時代末期に成立したとされ、名古屋大学名誉教授の楢崎彰一氏によると、中世の陶器は瓷器系、須恵器系、土師器系の三系統に分かれます。この中で備前焼は須恵器系から発展し、他の五古窯は瓷器系に分類されるため、備前窯は六古窯の中でも独特の地位を占めています。初期の備前焼は還元焼成を用いて灰黒色の土肌を呈していましたが、14世紀後半の南北朝時代以降、硬く焼き締まる酸化焼成へと技術が転換し、備前特有の赤みが強い器肌の壺、甕、擂鉢が登場しました。

※瓷器(しき/じき)・・・釉薬を施した陶器

※須恵器(すえき)・・・古墳時代に朝鮮半島から伝わった青灰色をした硬い土器

※土師器(はじき)・・・古墳時代から平安時代にかけてつくられた赤褐色の素焼の土器の総称

備前焼特有の土味

鎌倉時代の壺や甕は、主に無文のものが多く、直線文を持つ例外もあります。鎌倉時代末期には、口縁を玉縁状に仕上げ、櫛目文を施した赤黒い焼肌の陶器が現れ始めました。この時期には山土が使用され、黄色い粒子が混じり肌合いが荒れた外観をしていました。しかし、大窯の時代になると田土の使用が始まり、粘土の可塑性が高まり、備前焼特有のねっとりとした質感が生まれ、茶道具や細工物の製作が盛んになりました。大窯時代の陶器にはほとんど窯印が施されています。

備前焼の特徴である「窯変」とは

備前の粘土は鉄分が多く火に弱いため、製品をじっくりと長時間焼く必要があります。特に大窯は共同窯であり、大きな陶器を焼成するのに最大で五十日かかることがあります。備前焼は窯内の環境変化により、赤色、鼠色、黄色、焦茶色など様々な色に発色し、これらの自然な色変わりを「窯変」と称します。灰色の素地を持つ須恵器の伝統から、酸化焼成によって赤褐色に変わり、自然釉で黒く焦げた状態が特徴的な火色を生み出します。窯変には緋襷、胡麻、榎肌、桟切り、被せ焼などがあり、特に緋襷は大窯時代に藁を挟んで重ね焼きすることで生まれた技法で、作品同士のくっつきを防ぐ効果があります。これらの窯変は備前焼の魅力の一つです。

備前焼の魅力

備前焼は釉薬を使用せず、その品質は使用される土に依存しています。鎌倉時代から室町時代にかけては山土が主に使用され、その後の大窯時代には田土が用いられるようになりました。田土は非常に貴重で、「窯は売っても田は売るな」と言われるほどでした。この土は「備前の甕は水が腐らぬ」や「備前の擂鉢は投げても割れぬ」という伝説の元となっています。これらの言い伝えは、備前の土の特性によるものです。

写真家土門拳氏は備前焼を「火そのものが土になったような焼き物」と評し、「火の化身」と表現しています。彼はその堅牢な土質と、燃える炎を思わせる緋色の肌に、古代的な美を見出していました。備前焼の魅力は、この「古代的なるもの」や「土の持つ力」にあるとされています。

備前焼に関係する作家たち

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三冬花 谷崎未来
三冬花 谷崎未来
東京京橋の画廊、名古屋の骨董店であわせて10年以上勤務し、20年以上、骨董品や掛け軸、美術品の買取業務に携わっております。骨董品、掛け軸、美術品の査定買取は三冬花にお任せください。愛知県(名古屋市)、岐阜県、三重県、滋賀県のお客様はお気軽にお問い合わせください。出張料、査定料など一切無料です。(※内容によってはお伺いができない場合もございます)
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