茶道具買取は美術三冬花にお任せください。

骨董品、古い茶道具、お稽古用茶道具の買取をいたします。

名古屋・愛知・岐阜・三重・滋賀にはすぐにお伺いし買取させていただきます。

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【買取例】

茶碗、水指、茶釜、風炉、火鉢、茶器(棗)、薄茶器、茶入、茶壺、香合、香炉、茶托、宝瓶、湯沸し、湯さまし、煎茶急須、煎茶盆、煎茶碗、急須台、巾筒、茶合・仙ばい、茶具褥 涼炉 、火炉、羽箒、火箸、ボーフラ、瓶敷、洗瓶など

名古屋の茶道

江戸時代後期には焼物好きの藩主や藩士・茶人たちが熱心に作陶したり、好みの茶道具を盛んに作らせました。
十二代藩主斉荘は、名古屋城内に新たに萩山焼を開窯し、下屋敷では東山焼を、江戸でも楽々園焼を始め、従来の御深井焼も併せて陶芸を楽しみました。藩士たちの作陶も盛んで、渡辺規綱(文章警)、学暮九朗、正木惣三郎をはじめとする多くの人々が熱心に取り組み、自作の茶道具を使って茶の湯を満喫しました。また町方の本人たちも同様で、河村曲全や久田不及斎などが常滑で手造りを楽しみ、曲全の孫の蝸牛も常滑や名古屋城下の豊楽焼などで盛んに好みの茶道具を作らせました。
なかでも、又日葵や九朗は屋敷内に窯を築き、陶工を呼び寄せて本格的に陶芸に打ち込み、特に又日莽の窯には京都の楽子入をはじめ、瀬戸の春岱・常滑の白鴎など名工が招かれ、彼らは互いの交流を深めながら作陶を楽しみました。また城下町の茶人の中でも、豊かな資本をもって趣味の窯を開き、焼物作りに没頭した人もありました。

天目茶碗

中国浙江省天目山の仏寺の什器の意からその名は起こっている。狭義では建窯の黒釉類と吉州窯の球皮蓋の類をさすのであるが、さらにその形式から天目とよばれているものに河南天目、青磁天目、白磁天目などがある。『山上宗二記』(桃山時代)には天下の名物として三点が記録されている。曜変はきわめてまれで今日、日本に四点が数えられるのみで、世界の他にはみあたらない。

青磁茶碗

青磁には北方青磁と南方青磁がありますが抹茶茶碗としては南方の龍泉窯のものがとりあげられています。日本で俗に砧青磁とよばれているもので、龍泉窯としては初期の宋時代のものが多いとされています。同類に鉢や盃もあり、そのなか茶碗に寸法のよいものが選ばれたわけですが、お茶の色と競い合うことや熱い湯に弱いこと、表面のガラス質がすれやすいことなどから、あまり多くはとりあげられていませんでした。また、元、明時代の天龍寺や七官に属する青磁には茶碗に適した形や寸法のものがみあたらないので、ほとんど用いられませんでした。

染付茶碗

中国の染付は景徳鎮窯で代表され、年代は元から明、清、現代に及んでいます。このうち抹茶茶碗にとりあげられているのは、転用品として雲堂手、注文品として古染付、祥瑞があげられます。
雲堂手は明代初期から中期にかけて多量に造られたようですが、そのうちほどよい寸法のものが日本にもたらされ、それぞれ大きさによって水指、建水、茶碗などと、使い分けられています。いずれも香炉に生まれたために内側に釉が掛かっておらず、茶碗の場合も同様ですが、その風格がすぐれていることから大名物に列しているものがみられます。なかでも人物絵のあるものは「紀三井寺」とよばれ、尊重されています。 

安南茶碗

安南の陶磁器は中国の影響を受けて、かなり古くから焼成されています。日本に到来し、茶道具として用いられているものは一六世紀後半から一七世紀へかけてのものと思われ、 染付と赤絵があり、茶碗以外に水指、花入があげられます。茶碗の場合、高台の大きい端正な姿のものが古く、高台が小ぶりで口にひずみのみられるものは後期で、こちらはおそらく茶人注文によるものと思われます。 また染付の絵はしばしば流れたり、にじんだりして、これは定着度が悪いからとみられますが、茶人はこれを絞り手と称してかえって賞翫しています。

名工の茶碗

本阿弥光悦(1558~1637)

刀剣の鑑定、研、拭などを本業とする本阿弥家にあって、さらにあらゆる面の文化活動を行った江戸初期の代表的数寄者です。元和三年に家康から京都の西北、鷹ヶ峰の麓に広域な土地を預り、芸術村を形成、区分けし、画家、詩絵師、経師屋など各部門の達人を住まわせました。芸風は琳派の創始ともいわれ、日本古来の伝統のものに装飾的新感覚を加えた画期的なものでした。さらに特筆されるべきものが楽茶碗です。光悦の楽茶碗は手造りとはいえ、そのヘラづかいの達人ぶりは本職を凌駕するものでした。
作行きには丸造りと角造りとがあり、そのいずれの場合においても飽どりの運びにはいささかの渋滞もなく、一気に削り上げています。
光悦鑑定の秘訣に後鬼(削りなおし、および後削り)がまったくないことがあり、ときに山割れや削りすぎなどもみられますが、かえってこれは光悦らしさの象徴となっています。
代表作に「雪峰」「雨雲」「不二山」「紙屋」

野々村仁清

野々村姓の仁清は丹波の野々村出生で、仁和寺の仁、と名前の清右衛門の〝清”を結びつけて号としています。若年のころ、家を出て京都粟田口辺の窯元に入り、その技術を習得しましたが、これに飽きたらず瀬戸に出てさらに轆轤の技術に磨きをかけました。京に戻ってのち仁和寺辺に開窯し、このころ、金森宗和の知遇を得てたちまちその名を高めるにいたりました。宗和は自らの親交する殿上人や数寄者に仁清の作を紹介するとともに、自らも種々好みの作品を注文しました。宗和没年のころより入道した仁清はさらにその名を広げ、晩年は工房を持って大名諸家の注文なども引き受けました。茶碗では胴をわずかにくびらせた(繭形、または生締めなどという)独特の造り、口辺の山路、掛け切り釉などの技法が特徴としてあげられます。高台の片薄(三日月) も鑑定の急秘訣です。
代表作に「片男波」「扇面流」「鉄仙花」「鱗波」 「忍草」「結文」「武蔵野」「金銀筋」

尾形乾山(1663~1743)

宗謙を父とし、光琳を兄として、呉服商雁金屋の家に生まれ、まさに芸術一家というべき環境に育てられました。宗謙没後、それぞれ画家、陶工として世に出ました。ただし、乾山が焼きものを始めたのはわりあいに遅く、三八歳のときからでした。茶碗の場合、よくみる形としては半筒形があげられ、ときに腰に丸みをつけた椀形のものもみられます。必ず絵があることと、乾山の落款がみられることを約束とし、黒楽の場合も絵と字がみられます。高台はいずれも正しい輪高台で、高台内は扁平です。絵は鉄絵、色絵が主で、楽は黒楽に白抜きのあるのが通常です。

代表作として「瀧絵」「槍梅」「芥子」「夕顔」

青木木米(1763~1833)

仁阿弥道八、永楽保全とともに江戸後期三名工といわれています。木米はまた文人としても著名で、抹茶道具のほか、煎茶道具を種々制作し、その書画も高く評価されています。
木米もまた乾山と同様、30代後半で陶工をめざしましたが、その発端は兼葭堂の家で『陶說』を借読したことに由来しています。興味深いのは木米の場合、抹茶道具には印を押さず、その代わりに必ず共箱としており、ときに共箱がはずされて本歌と取り違えられたりしています。それだけに共箱は貴重になります。茶碗の種類としては古いものを再現することに意を注ぎ、唐物写し、刷毛目、御本、祥瑞、和物では仁清写しに巧みです。

永楽保全(1795~1854)

元来、土風炉師である西村家の十一代として同家を継承しましたが、天明の大火の後、同家再興をはかるために色絵の作品に養父とともに着手しました。以後の作品の主流は色絵ものに移り、京焼を代表する一人となりました。その技術が認められて紀州徳川家に招待され、永楽と河濱支流の名をもらい、以後永楽を姓とするにいたります。保全の作の特徴はやはり同時代の傾向である 写しものを原則としましたが、決して模写に走らず、独自の個性を出すことに専念しました。その領域は唐物では交趾、青磁、金襴手、染付、 祥瑞、呉須、呉器、御本、和物では仁清写しを多く作りました。永楽家は保全以後、和全、得全、悠全、正全と継承されています。

仁阿弥道八(1783~1855)
高橋家二代で、名は父と同じく道八であるので、区別するために仁阿弥の称号でよんでいます。父の陶技を受けてさらにその知名度を高め、作品もまたより人気を得たようです。このころの風潮として木米、保全同様、唐物写しを得意としたのですが、他にないものとしては「寿老人」や「白蔵主」「多福」などの朔像的作品を得意としたことであります。茶碗の場合では雲鶴、刷毛目、伊羅保、御本、和物では楽、仁清、乾山など各種にわたっています。印も多様で「仁阿弥」「道八」「露山」「一方堂」「法螺貝」印などがこれを代表しています。 茶碗の場合、わざと小印を気づきにくい場所に押して隠し印の楽しみをみせている。また、ときに「道八」の彫名もあります。

【無形文化財作家の買取対象作家】

【色絵磁器】富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、十四代今泉今右衛門

【小石原焼】 福島善三

【鉄釉陶器】石黒宗麿、清水卯一

【無名異焼】五代伊藤赤水

【民芸陶器】濱田庄司

【釉裏金彩】吉田美統

【志野】荒川豊蔵、鈴木藏

【瀬戸黒】荒川豊蔵、加藤孝造

【常滑焼】 三代山田常山

【萩焼】三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)

【彩釉磁器】 三代徳田八十吉

【備前焼】金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳

【青磁】三浦小平二、中島宏

【唐津焼】中里無庵

【染付】近藤悠三

【青白磁】塚本快示

【民芸陶器】島岡達三

【琉球陶器】金城次郎

【三彩】加藤卓男

【鉄絵】田村耕一

【白磁】井上萬二

【練上手】松井康成